coalamogu

~農家一年生とゆかいな仲間たち~

再犯防止策

わが家のお猫様には脱走癖があり、一度逃げ出すと返って来ない。

 

古い民家であるこの家には勝手口と正面玄関、これに加えどろんこになって農作業を終え、すぐにお風呂に入れるように作業着専用入口まで存在する。つまり、侵入経路は3か所。窓もカウントすれば、両手では収まりきれないので、今回は人が通常通り人が出入りする場所を「経路」とする。

農家であるこの家には代々猫が飼われてきた。

農家に大敵のねずみの駆除やゴキブリを率先して駆除してくれる。まさに打ってつけだ。猫はもちろんかわいいのだが、どちらかというと犬派の私は、ばあちゃんに犬を飼うことを提案したのだが、「我々の住む地域はお稲荷様が守ってくれているので、猫しか飼えない」と神妙な面持ちで諭されたものだった。

お稲荷様の遣いであるキツネの猟犬のイメージからキツネと犬の相性が悪いらしい。

このお猫様は真っ白で、手足が長い。好奇心旺盛だが、臆病。不審者を見つけようものならまずは遠くから観察、じわりじわりと距離を縮めて行く。好奇心旺盛な彼女は一日中家で過ごすのは退屈の様で、隙さえあれば「侵入経路」から脱走を計る。一度脱走に成功し、1週間ほど姿をくらませた。裏の蔵で発見時はすっかり衰弱しきっていた。大変な思いをしてもやっぱり「外が好き」。お猫様が脱走しようものなら家族全員「猫が逃げた!」と棒を持った叔母を先頭に大の大人6人、1匹の猫を追いかける。近所の子供はその光景を見て「またねこちゃん逃げたの?」と駆け寄ってくる。

無事捕獲されれば、どこの経路から逃げたか調査が行われ、再犯防止のための策が練られる。対策の一環として出入り口のつっかえ棒は欠かせない。

ある日のこと、電気のセールスマンがやってきた。4月からはじまる電気自由化に向けて今がオール電化へ買い替えの時期ですよ!と築40年の「三丁目の夕日の世界」で力説する。玄関が開いたのに、お猫様はびくともしない。いつもなら「アタックチャンス」とばかり、駆け出すのに今回は様子がちがう。こたつの周りを何週かウロウロする。そして、そのセールスマンに後ろから近寄っては足の裏のにおいを気づかれないように入念に、そっと嗅いでいた。

後日談だが、そのセールスマンが提示して行った額は相場よりもはるかに高いことが判明。契約前に難を逃れることができた。お猫様が玄関から脱走せずに、入念に足のにおいをかいでいたのは、動物的な勘で「こいつ、なんか臭い」と感じたのだろう。

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再犯防止策が必要なのは猫だけではないようだ。

 

武勇伝

強いまなざし、グレーがかった髪。太くてキリリとした眉毛。

筋の通った鼻。

日焼けで浅黒い肌。往年の名優をほうふつとさせる。

じいちゃん。御年84歳。

たまに入れ歯を忘れるが、それもご愛嬌。

わが家には立派な仏間がある。その部屋には代々のご先祖様の写真が連なり、いつもお菓子がお供えされている。ばあちゃんは朝5時に起きては、炊き立てのご飯とお味噌汁、三種のおかずとお茶をお供えしている。

毎日欠かせないルーティーン。

何かが流れている。低音ボイスの良く響く。しかも一人ではない。

複数の坊さんの声・・・

ラジカセからのお経だ。

来客は大体仏間の隣の和室を寝床としてもらう。初めての来客は隣の部屋からうっすら見える炎とお経にびっくりすることもしばしば。しかし、慣れてみると実に心地よい。

 

じいちゃんは過去3回死にかけている。

1回目、約25年ほど前だろうか。

見通しの良い夏の日、前の車を抜かそうとハンドルを切ったところ、切りすぎてコースアウト。道路脇の側溝に落下。エアバックも付いていない軽トラで顔面を強打し、大量の出血。にも関わらず、助けに来た近所の住民に連絡先を聞かれるとはっきりと住所と電話番号を伝えたという。そのまま救急車で搬送。かけつけた家族の心配をよそに、間もなく退院。

 

2回目、15年ほど前だろうか。

わが家のお風呂はレトロである。青と濃紺のタイルが一面敷き詰められ、浴槽は昔ながらのステンレス。浴室の割に4畳ほどスペースがあり、そこで生活できるくらいの広さはある。ガラスのスライド式の扉がついている。

 

事件は風呂場で起きた。

ある日、じいちゃんがばんそうこうをもって来いとお風呂から出てきた。

その姿を見たばあちゃんは驚き、いったい何事かとお風呂場へ駆け込む。

見事にガラスの扉は粉々になり、タイルの床は一面血の海。

無論、ばんそうこうどころの騒ぎではない。全身に深い傷を負ったじいちゃんはそのまま救急車で搬送。一命を取り留めた。

じいちゃんの話では、どうやら貧血を起こしてガラス戸を突き破って倒れてしまったらしい。目を覚ますと血が出ているものだから止めないといけないと思い急いでばんそうこうを求めに行ったとのこと。

 

3回目、約1年ほど前だろうか。

扁桃腺に癌が見つかった。

奇跡的にごく小さな癌だったため、手術は無事成功。

放射線を受けたため、5日間隔離され、人と接触できない状況だった。

もし発覚が少しでも遅れていたらかなり危険は状態だったという。

鎖骨あたりにざっくりとした手術あと。けれども一年経った今、ほとんど目立たない。

恐るべし、オーバー80の回復力。

 

そして、現在。じいちゃんは私の目の前で、大盛りのご飯をほおばり、おかわりまでする。

年齢が半分もいかない私の夫よりも食欲旺盛。

それでも以前より食欲が落ちたのは病気のせいだという。

いやいや、年のせいだよ、じいちゃん。

ばあちゃんはかく言う、「ご先祖様のおかげだと」

 

これも、毎日流れるお経のご利益なのだろうか。

エビフライ事件

世の中には2通りの人間がいる。

片づけられる人。片づけられない人。

わが家のばあちゃんは間違いなく、後者だ。

 

築40年の秋田、県南にある民家へ夫と二人東京から移り住んだ。

一歩外へ出るとそこには秋田富士こと鳥海山。周りは山に囲まれ、雄大な雪景色が広がる。朝5時、氷点下マイナス5度。今日もすっかり冷え込んでいる。

私の母の実家は農業を営んでいる。SEだった夫は夏休みに訪れてから、すっかりこの土地の虜になり、東京での生活に別れを告げ、「跡取り」としてここへやってきた。祖父母と叔父夫妻、猫一匹。そんな中へ都会人2人。

この家の主は御年82歳になるばあちゃん。今まで「独裁者」として一家を取り仕切ってきた。歳のせいなのか、素質なのか掃除がとにかく嫌い。そのため、あらゆるところに「お宝」が眠っている。棚からぼたもちではないか、床下から包丁。鍋から靴下。まるで殺人の証拠隠ぺい。

たんすの引き出しからは1円、5円、10円と小銭がチャリンチャリンと音を鳴らす。どうやらこの家には打出の小槌が存在するらしい。

広さ12、3畳ほどの台所には冷蔵庫が2台ある。一つ目は比較的新しい・・・といっても20年ものの白い冷蔵庫。もう一つは30年ものの、緑色の冷蔵庫。後者は電源を切られ、すっかり置物となっていた。いつも気になって扉を開けようとするのだが、その度に強い口調で「ダメだ」と頑なに注意された。

開かずの扉が開かれることは無かったが、ついにその時が来た。

引越業者が私たちの荷物を届けてくる日、同時にその冷蔵庫も引き取ってもらうことになった。さすがに、この状態で業者へ引き渡すのは良心が痛むため、最低限、中の掃除だけはすることにした。恐る恐るその扉を開けると、無言でその扉を閉めた。

 

不意を衝かれ、絶句した。

 

ギュウギュウに詰めこまれた冷蔵庫。緑、いや、黒がかったカビの海が一面を覆い、液状化した何だかわからないエキスが冷蔵庫のポケットの底にへばりついている。そして、極めつけはその異臭。納豆を100年くらい発酵させ、密封し、ついでに腐った魚も一緒に入れていた容器を開けたようなにおい。(納豆ファンのみなさまには申し訳ない)

賞味期限が20年過ぎた肉団子、化石化したご飯のお供、12年以上も前の風邪薬・・・。たわしでその壁をこすろうとすると、たわしが汚れるから使うな!という始末。手伝いに来ていた私の母も自然と熱が入る。戦いも終盤に差し掛かったところ、壁に不自然な突起物を発見。ごしごしこすってみると、その突起物がひっくり返って落ちてきた。

賞味期限1999年6月16日。

食品トレイに乗ったエビフライ5匹1パック。きれいに肩を並べている。賞味期限は17年前の私の誕生日。アクロバティックにエビフライが突如壁に引っ付くわけではないし、いくら考えてもどうしてそうなったのか思いつかない。

祖父、夫、母、私。大人4人がかりで丸三日。ようやく普通に使える状態に。

元凶となった独裁者は台所の様子を外から眺めてはすれ違いざまに「おそうじ、おそうじ」と口ずさむ。

独裁者との戦いは始まったばかり