coalamogu

~農家一年生とゆかいな仲間たち~

武勇伝

強いまなざし、グレーがかった髪。太くてキリリとした眉毛。

筋の通った鼻。

日焼けで浅黒い肌。往年の名優をほうふつとさせる。

じいちゃん。御年84歳。

たまに入れ歯を忘れるが、それもご愛嬌。

わが家には立派な仏間がある。その部屋には代々のご先祖様の写真が連なり、いつもお菓子がお供えされている。ばあちゃんは朝5時に起きては、炊き立てのご飯とお味噌汁、三種のおかずとお茶をお供えしている。

毎日欠かせないルーティーン。

何かが流れている。低音ボイスの良く響く。しかも一人ではない。

複数の坊さんの声・・・

ラジカセからのお経だ。

来客は大体仏間の隣の和室を寝床としてもらう。初めての来客は隣の部屋からうっすら見える炎とお経にびっくりすることもしばしば。しかし、慣れてみると実に心地よい。

 

じいちゃんは過去3回死にかけている。

1回目、約25年ほど前だろうか。

見通しの良い夏の日、前の車を抜かそうとハンドルを切ったところ、切りすぎてコースアウト。道路脇の側溝に落下。エアバックも付いていない軽トラで顔面を強打し、大量の出血。にも関わらず、助けに来た近所の住民に連絡先を聞かれるとはっきりと住所と電話番号を伝えたという。そのまま救急車で搬送。かけつけた家族の心配をよそに、間もなく退院。

 

2回目、15年ほど前だろうか。

わが家のお風呂はレトロである。青と濃紺のタイルが一面敷き詰められ、浴槽は昔ながらのステンレス。浴室の割に4畳ほどスペースがあり、そこで生活できるくらいの広さはある。ガラスのスライド式の扉がついている。

 

事件は風呂場で起きた。

ある日、じいちゃんがばんそうこうをもって来いとお風呂から出てきた。

その姿を見たばあちゃんは驚き、いったい何事かとお風呂場へ駆け込む。

見事にガラスの扉は粉々になり、タイルの床は一面血の海。

無論、ばんそうこうどころの騒ぎではない。全身に深い傷を負ったじいちゃんはそのまま救急車で搬送。一命を取り留めた。

じいちゃんの話では、どうやら貧血を起こしてガラス戸を突き破って倒れてしまったらしい。目を覚ますと血が出ているものだから止めないといけないと思い急いでばんそうこうを求めに行ったとのこと。

 

3回目、約1年ほど前だろうか。

扁桃腺に癌が見つかった。

奇跡的にごく小さな癌だったため、手術は無事成功。

放射線を受けたため、5日間隔離され、人と接触できない状況だった。

もし発覚が少しでも遅れていたらかなり危険は状態だったという。

鎖骨あたりにざっくりとした手術あと。けれども一年経った今、ほとんど目立たない。

恐るべし、オーバー80の回復力。

 

そして、現在。じいちゃんは私の目の前で、大盛りのご飯をほおばり、おかわりまでする。

年齢が半分もいかない私の夫よりも食欲旺盛。

それでも以前より食欲が落ちたのは病気のせいだという。

いやいや、年のせいだよ、じいちゃん。

ばあちゃんはかく言う、「ご先祖様のおかげだと」

 

これも、毎日流れるお経のご利益なのだろうか。